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連載企画「たかさんのひとりごとじゃけん Vol.13 完」

「たかさんのひとりごとじゃけん Vol.13 完」

 

当広島医療生協Facebook及びホームページの「いきいきブログ」で、「たかさんのひとりごとじゃけん」を連載して頂いていた、広島医療生協・元専務理事の斉藤孝司さんが急逝されました。

 

これまでの功績を称え、学生の頃から長年親交の深かった広島医療生協・花田事務局長に斉藤さんとの思い出について綴って頂きました。

 

 

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私は、広島医療生協・事務局長の花田と申します。

 

こちらで「たかさんコラム」を担当していた斉藤孝司さんが12月8日(火)に急逝されました。大動脈解離でした。まだ64歳であり、あまりにも突然のことで本当に愕然としました。

 

広島医療生協の発展に多大な貢献をされ、若い時から要職を歴任し、最後は専務理事を10年された後、広島民医連事務局に行かれて事務局長として奮闘されていたところでした。

 

広島の平和運動、民主運動にとって大切な人を失ってしまいました。

心からご冥福をお祈りいたします。

 

私は、斉藤さんとは学生時代から40年以上のお付き合いでした。大学では、学部は違いましたが、いわゆる学生運動を一緒にやった同志でした。斉藤さんが私より年齢・学年が3つ上で、したがって学生時代の重なりは短いのですが、活動でのつながりは続き、その後、縁あって斉藤さんが先に勤めていたこの広島医療生協で共に働いてきました。 

 

大学時代から斉藤さんは読書家で、メモをとりながら難しい本を読んでいた記憶があります。私たちの理論の支柱でした。そして、運動のリーダーでもあり、運動を組織されていました。大学の門前でビラ配布宣伝を行うときなどは、斉藤さんがよくマイクを握っていました。 こうしたこともあり、斉藤さんに対しては畏敬の念を持っていました。同時に斉藤さんが組織や運動を引っ張る重責があったためか、少し怖い印象もありました。 でも、大胆さとおもしろさがありました。

 

私は広島医療生協に就職し、最初の3か月ほど病院の受付をしたあと、組織部(現在の健康まちづくりセンター)に異動したのですが、そこに斉藤さんがいて6年ほど一緒でした。よく昼飯を一緒に食べに行ったものです。斉藤さんは広島医療生協の事情もあり、28歳頃に若くして組織部長になりました。その後は、初めにも書いたように、あすなろ生協診療所事務長、広島共立病院・事務長、広島医療生協・専務理事などの要職を歴任されました。やはり理論と運動の柱として重要な役割を担ってこられました。

 

斉藤さんは記憶力が良かったのですが、若いころは抜群で、とにかくいろいろなことが頭の中に入っていました。読んだ本や論文の内容、手帳なしで先々の行事や会議の予定などをしっかり覚えていて、“すっごいなあ”と思っていました。

 

また、文章を書いたりすることが好きで、かつてあった「翔る」(かける)という広島医療生協職員機関誌によく寄稿されたりしていました。 

 

 私はあと数年で定年退職です。斉藤さんとゆっくり飲むことを楽しみにしていたのに、それができなくなってしまいました。もうしばらく頑張りたいと思います。いわゆるあの世というものがあるのならば、そこから私達、広島医療生協のことをしっかり応援して、力を貸してほしいです。 

 

斉藤さん よろしくお願いします!

 

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「たかさんのひとりごとじゃけん」は今回で終了となりますが、斉藤孝司さんの意を引き継ぎ、また新しい連載ができればと思っております。

 

謹んでご冥福をお祈りいたします。

 

                                   広島医療生協・広報委員会同志一同